出雲ナザレン教会について

2009年03月01日

【 石田邸時代 】


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 出雲共同キリスト教会・設立総会のときの写真です。出雲ナザレン教会の歩みはここからはじまりました。

初期の教会(石田様邸内)、1946年

 当時の石田邸の2階に間借りをしていました。


当時の教会前の松の木

 当時の石田邸前の高瀬川のところを撮影した写真です。ちなみに、この松の木は現存しています。





【 初代の教会 】

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 1951年秋に撮影された写真です。写真中央に割烹着をしているのが智恵子師、足場の上に帽子をかぶってしゃがんでいるのが山本団市師です。 



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 写真は1952年1月ごろの写真。現在のJA出雲本店の位置。上記の建物は教会と牧師館とを兼ねていてこじんまりとしたものでした。写真は旧9号線から撮影したもので、当時の教会の周りは田んぼだけで、北山が見えるくらいにあたりには何もありませんでした。

集合写真

 当時の教会学校の写真。当時は多くの子どもたちが教会学校に通いました。旧9号線から撮影していますが、道路と敷地との間のところに畑があるところがいい雰囲気をだしています。



【 二代目会堂 】

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 上記の写真が、その後、先の牧師館兼会堂に隣接して新しい会堂が建てられた時の写真です。写真は9号線から写されており、建築中の会堂玄関前に故山本師が立っているのが写っています。写真右手に写っている建物は、2012年現在もまだそのまま残っていますが、旧市役所庁舎です。


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 写真は1964年6月に撮影されたもの。新会堂(2代目)のもので、向かって右側に隣接しているのが初代の会堂兼牧師館です。会堂の後ろにも建物ができており、15年そこらで町がすっかり変わったことを物語っています。この新会堂ができてすぐ、JA移転の話が持ち上がり、教会は移転を求められます。この時、移転先として受け入れたのが現在の住所です。
 

【 三代目会堂(現会堂) 】

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 昭和39年7月。現在の住所に教会・牧師館が建設されている時の写真です。写真中央、背広にネクタイを締めているのが山本団市師です。写真右から2番目のワンピースを着ている女性が智恵子師です。



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 写真を見ると1975年に撮影されたものです。 当時は、屋根全体が青い塗装がしてあり、これがひとつのトレードマークとなっていました。当時は、教会の周りがブロック塀で囲まれており、また現在、事務室として使っている場所がありません。納骨堂も最初の小さいもので、その後、現在のように大きく直しました。


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 1995年10月の写真です。教会の外壁が痛んできたため礼拝堂と塔の再塗装が行われました。よく見ると、教会の敷地に植えられている植物が変わっていたりします。教会の看板なども建てられました。


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 上記の写真と同じ年の12月に市の体育館の二階から撮影したものです。礼拝堂・牧師館の屋根が新しく葺き替えられ、それまで青だった屋根が現在のグレーに変わりました。現在の事務室部分がこの写真では見えますが、ここは後で増築されたスペースだったためか、屋根の色が昔の青いままに残っています。また、事務室手前にある納骨堂が大きく直されました。現在の姿に近いですが、まだ南側のブロック塀が残っているのと、敷地が砂利のままになっています。 また、車椅子でも入れるように入り口横にスロープと手すりが付けられました。


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 2011年に撮影した写真です。

よこけんyokoya2000 at 16:29│コメント(0)トラックバック(0)